ブログ - ハーモニー通信

HARMONY PRESS 連載バックナンバー(5)

2010年12月7日 火曜日

School of Vet 「麻酔」 第5回 配布分です。
                                                                                                      
 前回は、麻酔は治療等の目的達成のために、生命維持の仕組みを調整しながら行なう手段であることをお話ししました。今回は麻酔のターゲットの「痛み」について考えていきたいと思います。「痛み」は本能的な生体防御のシステムの一部とご紹介しました。しかし、例えば、手術という行為の場合、その行為自体が「痛み」、それも堪え難い「痛み」を生じることになります。その「痛み」はどのように生じ、いかにして「堪え難い」という認識を生むのでしょうか。まず、手術などの「痛み」の刺激(侵害刺激)が生体に与えられると、心拍数は急上昇し、血圧も上昇します。これは日常経験するような度合いでなく、明らかに異常なレベルまで高まります。この反応は、自律神経系という無意識的に働く生体機能維持のための神経系の過剰な反応によります。自律神経系は交感神経系と副交感神経系があり、正常では互いにほぼ正反対の生体反応を司っていて、体温や血圧、心拍数を含め様々な生体の営みをコントロールし、「恒常性の維持」ということをしているのです。このうちの交感神経系というものが侵害刺激により異常興奮します。そのことは恒常性の維持を狂わせることになります。この状態は医学的に「ショック状態」といいます。「ショック」というのは、私たちが驚きの表現で使うショックとは全く違い、「急に、恒常性の維持ができなくなる状態」のことで、死ぬ一歩手前と言えます。侵害刺激が加わると、交感神経系が異常興奮し、ショック状態に陥らせるのです。もう少し細かくみると、交感神経系の異常興奮でカテコラミンという物質が分泌されます。この物質は血管を収縮させる働きがあるので、体の末端まで血液が行き渡りづらくなる循環不全という状態になるのです。心臓は懸命に血液を送り出そうと働くので心拍数は上がりますし、細くなった血管に血液が流れようとするので血圧は上昇します。しかし、それでも循環不全は改善されないので、体の末端では低酸素状態になります。皮膚は色は悪くなり、末梢は冷たくなり、低酸素状態の影響をもっとも受けやすい脳でも異常が生じ、意識がなくなるなどの傷害が起きます。最終的には多臓器不全ということになり死の転帰をたどる事になってしまうのです。以上が強力な「痛み」が最終的には死につながるという機序です。このことから、手術という「痛み」を伴う治療に麻酔が必要なのは、「痛み」を感じさせないことによって、「ショック」とい恒常性を破壊する悪い流れを断ち切るためだからなのです。
                                                   
次号に続きます。