HARMONY PRESS 連載バックナンバー(6)
2010年12月14日 火曜日
HARMONY PRESS 連載企画 School of Vet 「麻酔」 第6回です。
前回は、痛みにより引き起こされる「ショック」の状態を回避し、生命の恒常性を維持させながら治療行為を行なえるのが麻酔であるとお話ししました。しかし、一方で、麻酔自体も生命維持を破綻させてしまうことがあるのです。麻酔処置が必要な場合、当院では事前に「麻酔の危険性」について、「麻酔によって、好ましくない反応が出る場合がある」とご説明しています。例えば、体温の低下、心拍数の変化、血圧の変化、呼吸数の変化、血液中の酸素濃度や二酸化炭素濃度の変化などです。この現象が起きるのは、麻酔を使用する動物の種類や年齢など、その個体特有の性質の他、麻酔の種類、投与方法、さらには施術者の能力などの外的要因などに左右されると考えられます。従って、麻酔処置が好ましくない反応を生じないように常に監視しながら進めていくのです。例えば、麻酔の濃度と言う点で今回は説明します。現在では、ほぼ用いられることのない麻酔薬エーテルでの研究ですが、濃度の違いによる生体の反応をみてみましょう。この図では麻酔の濃度による瞳孔(ひとみ)の大きさの変化を7段階で表しています。
右へいく程麻酔濃度が高いことを示しています。左から2晩目の瞳は大きく開いています。この頃から麻酔が効きはじめますが(発揚期)、この段階まではちょっとした痛みの刺激、例えば指先をつねる程度ですぐに痛がります。さらに麻酔の濃度を高め、ちょうど真ん中の段階で外科的な処置が行なえるようになります(外科的麻酔期)。さらに濃度が高まると、この図にあるように瞳孔が開きはじめ、この頃からは生命に危険な段階になります。一番右側は瞳孔が開きっぱなしだけではなく、その他の生体反応も消失し死に至る結果となります(中毒期)。
このように、麻酔の濃度の点からも、麻酔の濃度は生命を維持しつつ、痛みを感じさせないための濃度範囲があることがわかります。監視する段階では麻酔の導入期から一度大きく開いた瞳孔が最少になり、やや開きはじめた段階の濃度を維持すれば安全な麻酔域となっているわけです。実際には、瞳孔の大きさだけで麻酔の安定域を監視するには不十分です。もっと多くのパラメータで総合的に判断します。体温、心拍数、呼吸数、血圧、血中の酸素飽和度、二酸化炭素濃度、心電図などで監視しながら麻酔の安全域を維持してゆくのです。